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戦塵のクロニクル 前編

 織女研究所。
 そこは、対【ヴァナヘイム】戦における要だ。
 ヴァナヘイムは【プロフェッサー・ロキ】が率いる世界征服を目論む集団だ。世界の敵であり、人類の敵である。
 だが、その要もヴァナヘイムの猛攻により、絶体絶命の危機に瀕していた。
「バリアはどれくらい保てそうだ?」
 しわ枯れた声。顔に刻まれた無数の深いシワ。その姿は威厳に満ちている。
 巨大なスクリーンに映し出されているヨトゥンによる総攻撃を受けている施設。それが織女研究所だ。
 声の主は織女真人。この研究所の所長であり、対ヴァナヘイム戦の総指揮をとっている。
「よく保って、あと六百です」
 研究所のオペレータの長である三宅杏子が即座に答えた。
「最悪、どのくらいだ?」
「……二百です」
 杏子はデータを確認しながら織女に伝える。
「シルト、オーデュアル発進可能までどれだけかかる?」
『あと、百五十で発進できます』
 スクリーンの隅に映像が割り込んでくる。
 映し出されているのは、研究所内の格納庫だ。そのカメラに二十代前半の白人男性が映り込む。
 彼の名は、シルト・ゴッドブレス。ヴァナヘイムに対する最強兵器【オーデュアル】の【同調者〈ナビゲータ〉】だ。
「ギリギリか……鈴村君、ヴァルキュリアは出せるか?」
『不可能です。全機オーバーホール中でしたので。現在、組み立ててますが、十分は必要です』
 シルトの代わりに厳しい表情を浮かべた日本人女性が顔を覗かせる。
 鈴村恵。オーデュアルの支援部隊【ヴァルキュリア隊】の隊長だ。
「そうか……。シルト、できるかぎり急いでくれ」
『わかりました』
 シルトははっきりと答えた。

「聞こえたな、空也」
 シルトはオーデュアルのコックピット内に通じるマイクを取った。
『時間がないんだろ? わかってるよ』
 音声が通じると同時にコックピット内の映像がシルトに届く。
 タイトな、飾りっ気の少ないパイロットスーツに身を包んだ男の姿がそこにはあった。
 少々あどけなさが残る顔立ちだが、身体は引き締まっていて無駄がない。彼がオーデュアルの専属パイロット、大神空也だ。
 コックピットの中で、空也は何かを呟きながら指先で何やら模様を描いている。
 ルーン文字。古くはゲルマン民族が使用していたとされる文字だ。
 空也はそれを書いていく。
「搭乗者、確認。各システム、イエローライン突破。起動最低同調率確保……」
 シルトの指がタッチパネルの上を忙しく動き回る。
「空也、行けるぞ!」
 最後のキーを入力したのと同時に空也に起動可能を告げる。
『オーデュアル、起動!』
 金属でできた卵のような外見であったが、その姿が見る間に変わっていく。
 まず、脚部が形作られた。次に、腕部、頭部、そして、胴体。変形した姿は人間を模したものになっていた。
 それは、オーデュアルの別名【白銀の巨人】の名に相応しい姿だ。
「行け、空也。ヴァナヘイムの奴等を叩きのめしてこい」
『了解!』
 そして、白銀の巨人は戦場に舞い降りる。

 敵陣、奥深く。
 鈍い銀色のたて髪を持つするどい目付きの男が、織女研究所を睨みつけるように見つめていた。口元には笑みが浮かんでいる。
「ようやく出るか、白銀の巨人」
 まるで、オーデュアルが出撃するのを待ちわびていたような口ぶりだ。
『……フェンリル……よ……抜かるで……ないぞ……』
 男の頭に直接声が響く。
 フェンリル。それが彼の名前だ。
 正確に彼の事を指し示す言葉はある。【ヴァナヘイム三巨頭が一人、獰猛なフェンリル】
 彼はヴァナヘイムを統べるものの一人だ。
「わかっています。プロフェッサー・ロキ」
 フェンリルは思念波を送り主に送り返す。
 プロフェッサー・ロキこそがヴァナヘイムの王だ。三巨頭と王だけが思念波で会話が可能だった。
「さあ、ヨトゥン達よ! 今日こそ白銀の巨人を破壊するのだ!」
 フェンリルの足元にあるメカから次々と金属性のボールが吐き出される。
 金属質のボールはその姿を獣に変え、織女研究所へ一直線に向かっていく。
「この数、捌ききれるかな?」
 フェンリルは高らかに笑った。

 オーデュアルは、苦戦を強いられていた。
 ヨトゥンを倒せど倒せど次のヨトゥンが出てくるのだ。
「ったく、どっから湧いてきやがるんだ……」
 空也は呆れていた。
 数が多いだけでは、オーデュアルは倒せない。
 だが、パイロットは確実に消耗していく。雑魚とはいえど、撃破するのに労力は必要だ。
『空也、良い情報と悪い情報が入っていた。どっちを先に聞きたい?』
 シルトがメッセージを伝えるために通信回線を開いてくる。
「悪い方!」
 空也は、力を込めて、ヨトゥンを殴る。大抵のヨトゥンはこの一撃で機能停止に追い込まれていた。
『レーダーがムーンユニオンのものと思われるメタルトルーパーを察知した。真っ直ぐこちらに向かっているらしい。到達まであと七分』
「そりゃ、有り難くないニュースだな!」
 そう、しゃべりながらも空也の身体は動き続けている。
「で! 良い情報ってのは!?」
『地球連合極東支部に寄港中だった部隊がこちらに向かっている』
「それって、良い情報か? 下手すりゃこっちに迷惑がかかるだけだぜっ!」
 普通の連合軍が来ても意味はない。成す術もなく撃墜されるのが目に見えているからだ。
 しかも、そうなってしまえば空也達が連合軍兵を救助するために動かなくてはならない。
 もし、こうなれば増援は意味の無いものになってしまう。
『その部隊名は、第十八独立部隊フリーダム・ウィング。到達まであと三分を切っている』
 心なしか、シルトの声に喜びが聞き取れる。
「そうか! あいつらが来るのか!」
 部隊名を聞き、空也は安堵を覚える。
 地球連合軍所属、第十八独立部隊【フリーダム・ウィング】。何度か共に戦ったことのある部隊であり、連合軍所属部隊の中で空也が最も信頼を置いている部隊でもある。
 その部隊がこちらに向かっている。
 ヴァルキュリア隊の出撃が無い今、空也にとってこれほど心強いことは無かった。

 フリーダム・ウィング旗艦【アムシャ・スプンタ】は、最大艦速で大空を突き進んでいた。
「間もなく、そちらの戦闘区域に入ります」
 既に戦闘ブリッチに移行している艦内は慌ただしい。
 だが、キャプテンシートに座っている人物だけはそういうそぶりを見せていなかった。
『急な頼みを受け入れてくれて、嬉しく思うよ。コーニー中佐』
 戦闘ブリッチにある三つのスクリーンの一つに織女の姿が映し出されている。
「いえ。困ったときはお互い様です。こちらもオーデュアルに何度か助けていただいてますからね。
 ですが、こちらも支援機をオーバーホールしていましたので全力で支援できないのが残念です」
 男の名は、ロベルト・ウェル・コーニー。アムシャ・スプンタの艦長であり、フリーダム・ウィングの部隊長でもある。
『ははは。それは気にしてもらわなくてもいい。
 中佐達が来る事を既に空也君に伝えている』
「そうですか、助かります。それでは……」
『後で研究所へ立ち寄ってもらえないだろうか』
「そうさせていただきます」
 ロベルトは一礼し、通信を切った。
 だが、織女の最後の言葉を聞くかぎり、ヴァナヘイム以外にも織女研究所が狙われている可能性があると考えられた。
「キャラ! 索敵をオーデュアル戦闘区域外に広げろ! ムーンユニオンも近くにいるかもしれん」
 【ムーンユニオン】。それは、地球連合と敵対している月面都市の連合だ。
 ロベルトは即座に指示を出す。
 少しでも可能性があるのなら、それは潰しておく必要がある。
「了解。索敵開始します!」
 キャリアーナ・バストナル。通称、キャラ。ウェーブのかかったブロンドの長い髪が印象的な女性だ。彼女はアムシャ・スプンタのオペレータの一人だ。
 索敵は主に彼女の仕事であった。
「……距離三万の地点にメタルトルーパーの反応を確認。真っ直ぐオーデュアル戦闘区域に向かっている模様です!」
「やはりそうか……。第二種戦闘配備から第一種戦闘配備に移行! オーデュアルと共同戦線を張りつつ、ムーンユニオンの部隊も撃破する!」
 ロベルトの頭の中に、一つの想定が思い浮かぶ。
 ムーンユニオンの部隊に、【鮮血の鷲〈クリムゾン・イーグル〉】こと、セシル・アースグライドがいるかもしれない。
 フリーダム・ウィングが出撃しているのだ。その可能性は決して否定できない。
「リリサくん、アイルに繋いでもらえるか?」
「あ、はい。少々お待ち下さい……」
 リリサ・オーグレーもオペレータの一人だ。担当は人型機動兵器【メタルトルーパー】の管制である。
「どうぞ」
「アイル、聞こえるか?」
『ロベルトさんが直前に通信してくるなんて珍しい。何かあったんですか?』
 非常回線で繋いでいるため、音声しか通じていない。
 相手は、アイル・ゲイルナー。ロベルトが信頼を寄せているアムシャ・スプンタの搭乗員の一人で、メタルトルーパー【ヤザタ】のパイロットだ。今は出撃に備え、ハンガーにいる。
 凛とした声であるロベルトとは対象的な、独特の甘い声がロベルトのヘッドセットから流れてくる。
鮮血の鷲〈クリムゾン・イーグル〉が来るかもしれん」
『……わかりました』
 アイルの声が苦虫を潰したような声になる。
 鮮血の鷲〈クリムゾン・イーグル〉とアイルの間には、とある確執があった。
 だが、それを知るものはアムシャ・スプンタの中ではロベルトしかいない。
「今の我々の使命はオーデュアルの援護だ。それだけは忘れるな」
『ええ。わかってますよ』
 アイルのくぐもった声にロベルトは心配しながら通信を切った。

 アムシャ・スプンタ第一ハンガー。
 ヤザタの支援機である【フラワシ】が整然と並べられている。その隣にはアイルが搭乗しているヤザタ【ウルスラグナ】が、スタンバイ状態になっていた。
「艦長からの通信、何だったの?」
 ウルスラグナのコックピットを覗き込む人影がある。
「ムーンユニオンと交戦するかもしれないって。忙しくなりそうだよ、サラ」
 覗き込んでいたのは、サラ・イグニート。アムシャ・スプンタに配属されている整備士だ。
「それじゃあ、フラワシも出撃するかもしれないのね!」
「オーバーホール中だよね? どうするんだい?」
「うーん。組み立てるしかないわね」
 頭を抱えながらサラはウルスラグナのコックピットから離れる。
「アイル! 怪我しないでね!」
「うん、気をつけるよ」
 アイルはサラの姿を可能なかぎり見送った。
『いつもながら、仲が良いな』
「き、聞いてたんですか! 隊長!」
 壁を挟んで、向こう側。第二ハンガーに格納されているヤザタ【スラオシャ】に搭乗している、チェリス・オッドフィールドがアイルをからかう。
『出撃前にそれだけ余裕があるなら大丈夫だ。……ムーンユニオンの部隊も迫っている。怪我するんじゃないぞ』
「はい。でも、それは隊長もですよ」
『お互い様ということか』
「そうです」
 二人の間に笑いがこぼれる。
『オーデュアル戦闘区域に入ります。出撃準備が終了次第、順次出撃してください』
 リリサの声が二人の会話に割り込んでくる。
 これで和やかな時間は終わりを告げた。
 アイルは装備の最終確認を始める。
 一足先に、第二ハンガーからスラオシャが射出カタパルトへ移動する振動が第一ハンガーまで伝わってくる。
 装備の確認ができたアイルも射出カタパルトへ向かう。
 ウルスラグナをカタパルトに固定。
 あとは、自分のタイミングで飛ぶだけだ。
「アイル、ウルスラグナ、行きます!」
 カタパルトはレールの上を加速しながらデッキへ出る。
 アイルはウルスラグナのバーニアを動作させ、アムシャ・スプンタを離艦した。

 戦場に降り立ったアイル達より先に空中戦を繰り広げているものがあった。
「白銀の……」
 密集し、団子のようになっているものの隙間から白銀の装甲が見え隠れする。
『アイル達か!? 下がってろ!』
 突然、全方向通信が飛び込んでくる。アイルはこの声に聞き覚えがあった。
『下がるぞ!』
「は、はい」
 チェリスの判断で二人はその場から飛びのく。
 密集したものの内部から幾重もの閃光が走る。
 そして、爆発。
 中から現れたのは白銀の巨人――オーデュアルだった。
『ふいー。ああいう風に囲まれると焦るな』
 空也の口調からは安堵の色が聞き取れる。
 おそらく、アイル達が現れたのも一つの要因だろう。
『空也君、今回の指揮は誰だかわかるか』
 チェリスが率なく空也に尋ねる。
『十中八九フェンリルだろうな。心理戦にもなっていないし、パワー系のヨトゥンもいない』
 ヴァナヘイム三巨頭の戦術には癖がある。長く戦っている空也にはそれがわかっていた。
『まず、フェンリルを叩く。いいな?』
 戦闘経験の最も長いチェリスが自然と指揮をとる。
「了解。早くしないとムーンユニオンが……」
『あと五分少々でこちらに到達する見込みだ』
 シルトの声がアイルの後を継ぐ形になっている。
 時間はあまりない。
 ここでムーンユニオンが登場し、三ツ巴の戦いになるのはアイルとしては避けたかった。
「行きましょう!」
 アイルは敵陣に切り込んでいく。
『隊長さん。アイルのやつ、妙に気合が入ってますよね』
 普段なら戦闘中でもアイルがこのような激しい口調になることはまずない。
『……ムーンユニオンに対して何か思うところがあるんだろう』
 チェリスとは共に戦って来た戦友だ。言葉にしなくても伝わることはあるようだ。
鮮血の鷲〈クリムゾン・イーグル〉が、来るまでに何とかしないと……」
 アイルはフローティングコンソールを握る手にグッと力を込めた。

2005/11/24


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