フェンリルがいると思われるポイントに空也達は切り込んでいく。
そこはヨトゥンの発生元でもあり、近づくにつれ攻撃が激しくなっていく。
「捉らえたぜ、フェンリル!」
無数のヨトゥンの猛攻を潜り抜け、空也はフェンリルの駆る二体の狼型ヨトゥン【スコル】と【ハティ】の姿を捉らえた。
『待っていたぞ、白銀の巨人! 今日こそ決着をつけてやろう!』
フェンリルの余裕に満ちた声がコックピットに響く。おそらくまだ何か隠し玉があるのだろう。
「うるせぇ! 今日はお前に構ってる暇はないんだ!」
だが、長々とフェンリルに付き合っている余裕はない。隠し玉を出される前にケリをつける必要があった。
「隊長さん、アイル。悪いんだけど、時間を稼いでくれないか」
いつもなら、ヴァルキュリア隊が時間を稼いでくれるのだが、今回ばかりは二人に頼むしかなかった。
『了解。
『一分くらいは何とかするよ、空也』
スラオシャとウルスラグナが散開し、オーデュアルに近付くヨトゥンを撃墜していく。
その様子を確認しながら空也はルーン文字を刻み込む。
「我、
空也の言葉をきっかけにオーデュアルのコックピットが赤い光に包まれる。髪の毛が逆立ち、瞳の色が金色に変色している。
「'灼熱なる大蛇'
'遥か彼方、八輪の太陽が血に濡れる'」
言葉の一つ一つが力を帯びていく。
『
真っ直ぐにオーデュアルに突っ込んでいく。
『空也の邪魔はさせない!』
ウルスラグナがスコル、ハティとオーデュアルの間に入り、オーデュアルの盾となる。
「'六対の剣'
'九対の旗'
'十八本の星の腕は紅色に輝いている'」
空也としてはアイルに礼の一つでもいいたいのだが、今、
「'祝福されないもの達は煉獄の炎でその身を焦がす'!」
「離れろ! '炎の蛇は灰に帰る'!」
オーデュアルより生まれいでた八匹の炎蛇は次々にスコルとハティに襲いかかる。
並のヨトゥンが触れるだけで溶解してしまう炎蛇に襲われてもなおスコルとハティの姿は健在である。だが、関節の所々から黒煙が上がり、とても無事だとは言えない。
『これではプロフェッサーに申し訳が立たない……』
炎蛇の余波でヨトゥンの簡易生成装置も破壊され、フェンリルは成す術が無くなっていた。用意していた隠し玉も破壊されているようだ。
『……退却するっ!』
ほんのわずかな間の後、フェンリルは苦い表情を浮かべながら撤退を選択した。
どこかに転送装置を設置していたらしく、一瞬にしてその姿を消す。
だが、戦いはこれで終わりではなかった。
間もなく、この場所にムーンユニオンの部隊がやってくるからだ。
『オッドフィールド中尉、ゲイルナー少尉、大神君、聞こえますか』
オペレータのリリサが戦闘中にこうして通信で割り込んでくるのは珍しい。
『何だ?』
だが、内容の予想は付く。
『まもなく、ムーンユニオンの部隊が到達します。
部隊編成はザリクとタルウィの混成、プロトタイプヤザタミスラの識別信号もキャッチしていますので、アースグライド隊と推測されます』
【ザリク】も【タルウィ】もムーンユニオンが運用している量産型メタルトルーパーだ。だが、【ミスラ】はその名の示すとおり、ヤザタのプロトタイプである。
「やっぱり、セシルが来るのか」
アイルは声に出さずに呟いた。表情も自然と険しくなっていた。
『おーい、どうした、アイル?』
うつ向き加減だったアイルが気になったのか、空也が声をかけてくる。
アイルはハッと顔を上げ、取り繕うように笑顔を作った。
「少し考え事をしてただけだよ」
『そうか? 悩みがあるならいつでも相談に乗るぜ』
空也の提案をアイルは苦笑して返すしかなかった。
この悩みだけは誰にも話していなかった。多少なりとも事情を知っているロベルトにも正確な事情は話していない。
ロベルトから厚い信頼を寄せられているのはアイルも感じている。その信頼に答えるためにもロベルトだけにはその事実を伝えなくてはならないのだが、どうにも踏ん切りがつかなかった。
『敵メタルトルーパーを確認。これより攻撃を開始する』
チェリスの指示がアイルを動かす。
「今は悩んでる暇はないんだ!」
――あとで存分に悩めばいい。
そう心に決めてアイルはアースグライド隊を迎え撃つ。
「敵メタルトルーパー、数およそ五十です」
キャラの報告を聞き、ロベルトは唸る。
現在のこちらの兵力はオーデュアルを入れても三にしかならない。
「半数以上がオートマタだろうが、少々つらいか……」
もちろん、ウルスラグナやスラオシャの性能は単純計算でザリクの二倍ほどに相当する。オーデュアルに至っては未知数だ。
だが、懸念する最大の要素はミスラを操縦しているセシル・アースグライドが部隊の指揮をとっていることだった。
「仕方がない。フラワシを出す」
「了解しました」
リリサが即座に指示を出し始める。
「出力五十パーセントでアータルを発射。それと同時にフラワシ発進」
【アータル】はアムシャ・スプンタにおける主砲だ。加速粒子砲と称してもよい。
その破壊力は凄まじく、フルパワーで使用し、現在両陣営で使用されている戦艦が直撃を食らえば、まず間違いなく撃沈する。
「了解。エネルギーチャージ開始!」
今まで出番がなかった武器管制担当のナッシュ・ノーヴェンバーがここぞとばかりに気合を入れる。
ナッシュは男性としては小柄な体型ながら、凄まじく活発で、マシンガンのようにしゃべる男である。
「照準は敵陣中央。牽制をしかける!」
「了解!」
ナッシュは生き生きと照準を合わす。
「……了解……」
ブリッジ中央、キャプテンシートのほぼ真正面に立っているエドワード・ブルックリンが静かに頷いた。
エドは非常に無口な男である。
操舵手として必要最低限のことしか話そうとしない。一メートル九十センチを越す身長がさらにエドの存在感を強調していた。
「フラワシ、発進準備完了しました」
「エネルギーチャージ完了!」
「……進路クリア」
次々に報告が入る。
「よし、アータル撃てっ!」
アータル独特の青白い閃光がムーンユニオンの部隊に向かって伸びる。
狙い通り部隊中央に命中、誘爆していく。
「敵メタルトルーパー、四十に減少」
キャラの報告にロベルトは何とか牽制がかけられたと安堵する。
だが、まだ気を抜くわけには行かない。
「フラワシは全機ウルスラグナとスラオシャの援護に回せ! 対空砲火、気を抜くなよ」
「了解!」
ロベルトはじっと外部モニターを見つめている。
そこには既に戦闘に入っているウルスラグナの姿が映し出されていた。
戦艦とメタルトルーパーがやり合うとなると、戦艦が圧倒的に不利だ。そのため、ロベルトはメタルトルーパー同士の戦いに戦艦を参加させることは少なかった。
だが、手を出せないもどかしさは今も味わっている。
ロベルトは決着がつくまで、ただ待つしかなかった。
織女研究所の格納庫もオーデュアル出撃時より慌ただしくなっていた。
「あとどれくらいで動かせる!?」
鈴村は罵倒とも聞こえるような勢いで【ヴァルキュリア】を組み立てているスタッフに状況を尋ねていた。
「あと一分で発進可能な状態に持って行きます!」
作業スタッフも懸命に作業を進めている。
ヴァナヘイムが去ったとはいえ、ムーンユニオンとの戦いが始まっている。少しでも戦えるマシンがあるなら戦うべきだと、鈴村は考えていた。
「たいちょ〜、オレ達も出るんですかぁ?」
鈴村の背後から緊張感に欠ける声が聞こえてくる。
いつものことだと思いながら、それでもため息をつき、鈴村は振り返る。
「出るに決まっているだろう! さっさと準備をしろ!」
振り返りざまに浴びせる怒声もいつものことだ。
鈴村の視界に入るのは、既にパイロットスーツを着ており、出撃準備がほぼ調っているヴァルキュリア隊の面々だ。
吉国始、泉孝四郎、工藤勇樹、鮎川桜、岡島拓巳の五人である。
「ヘヘ〜。実はもう準備してあります」
ヘルメットを抱えた始が、緊張感のかけらもない様子で受け答えする。
それが始のいい所なのだと、鈴村もわかっている。だから、何も言わなかった。
「鈴村さん、全機組立完了しました!」
隊員と少しじゃれあっていただけで、一分が過ぎたようだ。
「よし! 今回の任務はオーデュアルおよびフリーダム・ウィングの援護だ! わかったな!」
『了解!』
隊員達は自分のヴァルキュリアに乗り込むため走り出す。
「……これ以上、研究所に混乱を呼んでたまるものか!」
鈴村も颯爽とヴァルキュリアに乗り込んだ。
「全機発進!」
機械の戦乙女が、荒れ狂う戦場を翔ける。
オーデュアルのコックピットに警告音が鳴り響く。どうやら飛来物を感知したらしい。
「えっ! ヴァルキュリア!?」
空也は思わずその目を疑った。
まさか、ヴァルキュリア隊が、この戦場に出撃して来るとは夢にも思わなかったからだ。
だが、オーデュアルが感知した飛来物はヴァルキュリアだけではなかった。
『フラワシも出てるのか!』
アイルが驚きの声を上げている。
ヤザタの支援機フラワシも出撃していたのだ。
『フラワシは艦長の差し金だな』
チェリスはその光景を見ながらロベルトの心中を図っているようだ。
『でも、オーバーホール中でしたよね?』
『艦長のことだ。組立完了間際のを数機搭載して来たんだろう』
まさにその通りなのだが、先程のアータルの発射といい、アースグライド隊の規模の大きさが伺える。普通に相手をしていては不利になるだけだろう。
「博士も無理をしてくるなぁ……」
空也も出撃する直前に鈴村と織女がヴァルキュリアの話をしていたのは覚えている。
まさか、本当に十分以内に組み立て出撃してくるとは思わなかった。
『空也だけじゃあ、心配だからなぁ』
「は、始さんっ!?」
突然紛れてくるよく知った声に空也は驚いた。
『メタルトルーパーも素早い動きをするヨトゥンと思えば何も問題はない』
『え〜、でも、メタルトルーパーってヨトゥンよりよっぽど小さいよ。孝四郎ちゃん』
『大きさなんて関係ない! そういうのは気合でカバーするんだ、桜!』
『拓巳、そういう問題じゃないと思うよ。もう少し頭使わないと』
『硬いなぁ、勇樹。ちょっとは力抜いて行こうぜ?』
『何をいってる、始』
ヴァルキュリア隊の面々が好き放題しゃべっているのを、空也は少しばかり引き吊った笑顔で聞いていた。
『えーと、空也? あまり気にしない方がいいと思うよ』
まるでそんな空也の精神状態を察知したかのようにアイルが話し掛けてくる。と、いうより、アイル達にもこの通信が筒抜けであるというのが大きな理由だった。
『私語は謹め、お前達!』
鈴村の怒りが爆発し、この他愛のないおしゃべりは終焉を迎える。
「これで鈴村さんがいなくなったら……。考えるだけでゾッとするな」
空也は、その様子を面白いほどリアルに思い浮かべることができた。
だが、戦いから気持ちを反らすのもここまでだった。
タルウィから放たれたビームの一束がオーデュアルの腹部に命中する。
「いってぇ!」
空也は思わずビームを受けた部分を押さえる。
オーデュアルのダメージはそのまま空也のダメージに直結する。もし、オーデュアルの腕がもがれれば空也もそれに等しい痛みを感じることになる。最悪、痛みでショック死する場合も想定されていた。
今回の痛みはかすり傷程度のものだ。
『気を抜き過ぎだ、空也』
シルトの冷静な声がオーデュアルに響く。
「そういうこという前に、痛みの回線切ってくれよ」
ダメージを食らった部分がジクジクと痛む。
『ダメだ。あの程度気を抜いていなければ避けれただろう?』
シルトはその部分の痛覚回路を遮断するつもりはないらしい。
つまり、今後気を抜かないための訓戒だと言いたいようだ。
「わかったよ。ちゃんとやる」
オーデュアルは白いエネルギー球を生みだし、先ほど攻撃して来たタルウィに向かって放つ。エネルギー球はタルウィに命中、爆散する。
「だから、次からは回線切ってくれよ」
――長く続く痛みって結構つらいんだよな。
心の中でそう呟きながら、空也は敵味方入り乱れる戦場にその身をさらす。