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戦塵のクロニクル 後編

 フラワシとヴァルキュリア隊という追加勢力を得たアイル達は、圧倒的な数で攻め込んで来たアースグライド隊を徐々にだが、確実に追い詰めていく。
 だが、気は抜けない。
 アースグライド隊はあくまでアースグライド隊なのだ。次にどのような手を打ってくるのか、その予測は難しい。
 いつもなら率先して前衛に出ているはずのミスラがまだ出て来ていない。そのことがアイルには非常に不気味に感じられる。
 セシルが何を考えているのか、押し測る要素は少ない。だが、アイルだけはその不気味さをイヤというほど感じていた。
「何か、仕掛けてくるかもしれない」
 アイルは最前線に踏み込むのをためらっていた。できることならもう少し距離を置き離れた所からセシルの動きを確認したかった。
 だが、状況はそれを許さない。
 アイルが前線を離れれば今保たれているパワーバランスは崩れる。そうなれば押し返すのが難しくなってしまう。
「ロベルト……いや、コーニー艦長聞こえますか!?」
 今、アイルが取れる手段はこれだけだった。
『大丈夫だ。聞こえている』
「ミスラの配置を教えてもらえますか!」
 現在、戦闘の中心からもっとも離れた位置におり、なおかつ、優れた索敵能力を持つのはアムシャ・スプンタだった。
『アイル、それでお前はどうするつもりだ?』
「このままじゃあ、セシルは必ず何かを仕掛けてくる。僕はそれを阻止します」
『……わかった。キャラ、ミスラの位置の特定を! 出来次第データをウルスラグナに回せ!』
 十秒もかからないうちにデータが転送されてくる。
 戦闘の最前線とは全く見当違いの方向にミスラはいるようだ。
「行きます!」
 アイルはセシルと直接対決をするつもりだ。
 真っ直ぐ、ただひたすらにアイルはセシルの影を追い求める。
 間もなく、ウルスラグナはミスラの姿を捉らえた。
「セシルッ!」
 アイルはセシルに抱く複雑な感情を爆発させる。
 突発的にビームサーベルを手に斬りかかった。
「この感じ……。アイルか!」
 即座にセシルも応戦する。
 ビームサーベルによる打ち合いが始まった。
 現時点でのパイロットとしての実力はセシルの方が一枚上手だ。しかし、機体性能はウルスラグナの方が上である。その差を均すと二人の力は均衡してしまう。
 アイルはウルスラグナ持ち前の機動力でセシルを攻めるが、セシルはその攻撃を紙一重でかわしていく。掠めるものもあるが深刻なダメージにはならない。
「アイル、今からでも良い。ムーンユニオンに来ないか?」
 通信回線が強引に開かれる。電子戦も可能なミスラならではの能力だった。
 だが、この問い掛けに関してのアイルの答えは「No」だ。
「ムーンユニオンには大義がある。お前もそれは知っているだろう?」
 地球人〈ノーマル〉月面人〈ルナリアン〉の確執が深まる中、『リーブラの惨劇』と呼ばれている、地球連合がムーンユニオンに所属していた都市に対して行った先制攻撃が全てのきっかけだった。
 そのため、同朋を傷つけられたムーンユニオンは全面戦争に突入し、地球連合が悪だと罵った。
「……あれは大義なんかじゃない」
 だが、『リーブラの惨劇』の真相を知ったアイルはムーンユニオンを離れ地球連合軍にその身を寄せた。
 今となってはその地球連合軍すら怪しい所が見え隠れしている。だからといって、フリーダム・ウィングを裏切りたくはない。
地球人〈ノーマル〉月面人〈ルナリアン〉は相いれない存在になりつつあるんだぞ?」
「その溝を深くしたのはあなただ、セシル・アースグライド!」
 鮮血の鷲〈クリムゾン・イーグル〉。その二つ名が付くきっかけになった出来事をアイルは許せなかった。そしてその出来事は、開戦によって深まってしまった地球人〈ノーマル〉月面人〈ルナリアン〉の溝をさらに深めるものになってしまったのだ。
「たとえ、生まれ育った土地が地球と月に分かれても同じ人類なんだ! 話し合えば道は見つかる!」
 そう、アイルは信じている。
 地球人〈ノーマル〉だろうが月面人〈ルナリアン〉だろうが同じ人類なのだ。話はきっと通じるはずだ。
 だが、そのことについてセシルから何も回答はなかった。
『アイル、合わせられるか!?』
 飛び込んでくるのはチェリスの声。アイルは咄嗟にチェリスが何をしようとしているのかを悟る。
「はい!」
 アイルは一気にミスラとの間合いを取る。後ろから迫ってくるのはスラオシャだ。
 スラオシャがビームライフルを連射しミスラを牽制する。
「ちぃっ! 邪魔が入ったか!」
 アイルは今回のセシルの目的にようやく思い当たった。
 ――ボクと話をするためだけにこれだけの部隊を引き連れて来たのか。
 何故、ミスラだけが離れた場所にいたのか、その答えがそこにあった。
 だが、深く考えている時間はない。
 スラオシャに合わせるようにウルスラグナも射撃を開始する。
 ウルスラグナはミスラの側面に回り込み、セシルの隙を狙う。性能がまるで違う二機に挟まれ上手く立ち回れないセシルに、決定的な隙が生まれる。
「そこだぁ!」
 アイルは一気に間を詰め踏み込む。
 ウルスラグナの手に携えているのは、アータルの出力を落とし小型化したもの、【フワル】だ。それを至近距離で発射する。
 至近距離で引き金を引かれ、辛うじて直撃を免れるのもセシルの腕の良さなのだろう。
 だが、ミスラの左腕は吹き飛んでいた。
「また、来る。それまでに考えておいてくれ、アイル」
 セシルは戦闘を続行するのは不可能と判断したのか、その場から離脱する。
「待てっ!」
 アイルはセシルを追おうとするが、チェリスがそれを阻止した。
「行かせてください、隊長!」
『相手はあの鮮血の鷲〈クリムゾン・イーグル〉だ。行かすわけにはいかない』
「今追えば、ミスラを破壊できる!」
『思い上がるな!』
 チェリスの怒声がアイルのコックピットに響く。その迫力にアイルは怯みそうになる。
『あの男が何も用意していないと思うか? 不用意に追えばあの男の思うツボだ』
 アイルはグッと思い止まる。
 チェリスの言っていることは正論だ。自分が捕まるリスクを考えると追わない方が正しい。
「……わかりました」
 アイルは冷静さを取り戻す。
 そして、セシルが去ったことにより、戦闘が終了し、帰頭命令が出ている事をようやく知る。
 オーデュアルとヴァルキュリア隊は織女研究所に。ウルスラグナ、スラオシャ、フラワシはアムシャ・スプンタにそれぞれ戻ることになった。

 研究所内にあるブリーフィングルームに、今回の戦闘に参加したパイロット及び関係者が集まっていた。その中にはフリーダム・ウィングの関係者も多数含まれている。織女の要請で研究所に立ち寄っているのだ。
「ゲイルナー少尉、何を話してくれるのかな」
 一通り今回の戦闘の反省をした後、アイルが「話すことがある」と言い出したのだ。
 それを受け、織女はアイルが話しやすい状態を作り出そうとしていた。
「今回のアースグライド隊の狙いはボクです。
 セシル・アースグライドが直接コンタクトをしてきました」
 一瞬ざわめく。そのざわめきの中、ロベルトだけは表情を変えなかった。アイルの身辺を知る者にとっては充分に有り得る話だからだ。
「ここから先の話は連合軍には伏せてもらいたいんですが、お願いできますか。コーニー中佐」
「……いいだろう。だが、理由ぐらいは聞かせてもらいたいものだ」
 フリーダム・ウィングの責任者であるロベルトからの許可が下りる。これで、この話が連合軍に知られる可能性はグッと落ち込む。
「理由は……そうですね、今後フリーダム・ウィングに所属しているのが難しくなるからです」
 そのアイルの言葉でロベルトの表情が一瞬で険しくなる。
 相当、核心をついた話になりそうだというのが予測できたからだ。
「セシル・アースグライドはボクの兄です。
 今後、今回と同じ事が起こらないとも限りません。だから、皆さんに知っておいてもらいたいんです」
「何故、隠していた?」
 ざわめきがさらに大きくなる中、チェリスが不満を爆発させていた。
 これほど重要なことを隠しておかれたという疎外感と信頼感の低さにチェリスは自分自身に嫌気がさしていた。
「もし、軍本部にボクがアースグライド隊の隊長、セシル・アースグライドの弟だということが知れたなら、ボクは十中八九アムシャ・スプンタから降ろさせられるでしょう」
 セシルの肉親だというだけでアイルの人質としての利用価値は高い。
 それだけセシルは地球連合にとって脅威の存在になっていた。
「ボクはフリーダム・ウィングを離れたくありません」
「……そうか」
 チェリスはそれ以上言及することはなかった。
 アイルが月面人〈ルナリアン〉であることは周知の事実である。そこにもう一つ意外な事実が増えただけのことになるからだ。
「へぇ。あのすかした兄ちゃんがアイルの兄貴だとは驚きだな」
 空也がまるで驚いていない口ぶりでそんな事を言ってのける。
 心のどこかで空也もそんなところだろうと思っていたのだろう。空也本人も意外に思うほど冷静だった。
「アイル、以前にも聞いたが改めて聞く。セシル・アースグライドと対峙して、お前は討てるか?」
 肉親と殺し合うために対峙する。それは並大抵のストレスではない。しかも、本当に討とうというのなら、ためらうこともあるだろう。
「やります。
 セシルとボクの考えは決裂しています。セシルがただ盲目にムーンユニオンを信じるというなら、ボクに迷いはありません」
 アイルの言葉には迷いもためらいもない。表情にもその意志の硬さが表れている。
「わかった。信じよう」
 アイルの意志の硬さをロベルトは信じるしかなかった。
「さて、コーニー中佐。私からも一つお願いがある」
「何でしょうか」
 織女が直々にロベルトに対して頼み事をするとは、研究所関係者は誰一人として予想しなかったらしい。何があるのかと、逆に静まり返ってしまう。
「オーデュアルをそちらに預けたいのだが、問題ないだろうか?」
「えっ!?」
 思わずロベルトは聞き返してしまった。
 ヴァナヘイムに狙われている織女研究所の最大戦力であるオーデュアルを差し出すというのは自殺行為に等しい。
 ロベルトに織女の意図は読めなかった。
「オレを鍛えようって魂胆らしいんですよ」
 そんな困惑してしまっているロベルトに空也が織女の考えを説明する。
 空也が説明しているところを見ると、織女が今突発的に考えたことではないようだ。
「近頃はヴァナヘイムがあなた方フリーダム・ウィングを狙うこともあるようですね」
「え、ええ……」
 ヴァナヘイムにしてみればフリーダム・ウィングも行く手を邪魔する者の一つになるのだろう。
 ここ、二、三ヵ月の間に狙われることが多くなっていた。
「でも、軍の所属艦に民間人を乗せるのは問題がありますよね」
 特にアムシャ・スプンタは新造艦で機密に関してはかなり制限をかけられている。
「私の権限で多少の融通は効く。ですが、オーデュアルを失えばこちらの防衛に問題が出てくるのでは?」
「心配はいらない、コーニー中佐。
 ヴァルキュリア隊はこちらに残しておくし、あれだけ大きい侵攻はしばらくないだろうからな」
 小さい規模の戦闘ならヴァルキュリア隊だけで充分だからだ。
「実は、地球連合軍極東支部の石丸長官から許可をいただいています」
 驚きの声を上げるのはヴァルキュリア隊の面々だ。実のところ、空也も戦闘終了直後に織女からこの話を知らされた。ヴァルキュリア隊が何も知らなくても当然だ。
 シルトは手に持っていたホロカードをロベルトに差し出した。ロベルトはすぐにホロカードを開く。
 割腹のよさそうな、初老に差し掛かろうとしている男の姿が浮かび上がる。
『民間人のアムシャ・スプンタへの乗艦を無制限で許可する。なお、これは第十八独立部隊への特例である』
 メッセージはそれだけだった。
「確かに受領しました。本当によろしいんですね、織女博士」
「問題はない。良く鍛えてもらうんだ、空也君」
「わかってます」
 ヴァナヘイムだけでなく、ムーンユニオンも同時に相手にするようになれば戦闘回数は自然と増える。つい先日まで全くの素人だった空也には経験を積むいい機会だ。
「これからしばらくの間よろしくな、アイル」
「こちらこそ、空也」
 二人はしっかりと握手を交わす。
 人類の命運を賭けた戦いは新たな局面を迎えようとしていた。

2005/11/24


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