人里離れた山の中に、まるで隠れるようにその研究所はあった。『国立エネルギー第0研究所』。日本で数ある非公式研究所の1つだ。
今ここである実験が行われようとしていた。
コントロールルームから指示が出る。
「実験開始だ。アインとツヴァイを発進させろ」
「わかりました。アイン、ツヴァイ、発進」
大型の戦闘機が2機、大空へ飛び立つ。
黒の塗装がなされているのがアイン、白の塗装がなされているのがツヴァイである。
オペレータが状況を事細かに伝えていく。
「両機、発進を確認」
「今のところ両パイロットとも、脳波、呼吸、心拍数、異常ありません」
「これより飛行テストに入ります。ナビゲータの指示に従ってください」
『わかりました』
コントロールルームへツヴァイのパイロットから通信が入る。
「空中旋回」
大空をアインとツヴァイの2機が弧を描く。
しかし、そのスピードは人の耐えられるそれをはるかに超えていた。
「ぐぐぐぐ・・・」
アインのパイロットが呻いている。
『大丈夫ですか?浅山中佐』
ツヴァイのパイロットから通信が入る。返事がない。
「アインパイロット、血圧低下、脳波にも異常が出ています」
「またか!」
コントロールルームが騒がしくなる。
『浅山中佐!?』
再び呼びかけるが、聞こえている様子はない。
弧が崩れる。そのまま地面に吸い込まれていくようだ。
パイロットはすでに失神している。
『博士、オートに切り替えてください!』
ツヴァイから研究所に向けて通信が入る。
その通信を取ったのは白衣を着た壮年の男だった。
「言われんでもわかっとる!急いでアインをオートに切り替え!落とすなよ!」
コントロールルームから指令を出す。
地上まであと数十メートルといった所で体勢を立て直した。
「何とかなりましたね、浦辺博士」
研究所の所員が話しかける。
「何ともなっとらん。これじゃあ、いかんのだ。オートでは、フェアの本来の性能は発揮できん」
「では」
所員の表情に疲れが見える。
「やり直すしかなかろう」
「しかし博士、本当に見つかるんですか?あのフェアを操縦できる人間が。今回協力していただいた浅山中佐も体力測定では群を抜いていたんですよ」
ここにいる所員全員の意見だった。
「いる。かならずな。あいつのような人間がどこかに」
まだ空中を旋回しているツヴァイをガラス越しに見つめる。
博士も半信半疑だった。手動操縦のままでいられるパイロットがもう一人現れるかどうかなど。
それほど、アインとツヴァイの操縦は困難を極めた。
すさまじいGが掛かる。それも360度すべての方向から。これで乗っていられる人間は少ない。もし乗っていられたとしても、操縦など到底できない。
この360度のGに耐え、操縦できた人間は一人しかいなかった。
それが今、ツヴァイに乗っている少年だった。
「シュッツ、今日の実験は終了だ。帰ってこい」
『わかりました』
通信が終わると、空中で旋回し、こちらへ引き返してくる。
「パイロットがいなければこれ以上、実験は進まんか・・・」
密かにつぶやく。いったいどれくらいの時間を同じことに費やしているのだろうか。ツヴァイの少年以外でパイロットを探すことに。もうどのくらいの人で試しただろう?10人、いや20人はくだらないだろう。
マシンは80%まで完成している。アインの性能についていけるパイロットがいない。パイロットを探すことだけが残る課題となっていた。
「今日の実験はこれで終了。各人、データをまとめて私のところへ持ってくるように」
そういい残すと博士はコントロールルームから姿を消した。
その夜。
博士は一人研究所の外にいた。
風に当たるためとだけ言い残してきている。
さまざまな思いが頭をよぎる。すべて未解決の問題ばかりだ。
足音を感じて後ろを振り向く。そこにはツヴァイのパイロットの少年が居た。
「シュッツか、どうした」
「博士のことが気になって」
少年が隣に立つ。
「まだ、君に心配されるような歳ではないわ」
苦笑いを浮かべる。
しかし、少年は何かを見透かしたように博士に話しかける。
「大丈夫ですよ、博士。必ず見つかります」
「しかしな・・・」
空を仰ぐ。満天の星空。
「君のような人材に果たしてめぐり合えるんだろうか?」
深くため息をつく。
「まあ、確かに僕は特別ですが。でも、絶対に見つかります。これは予想じゃなくて直感ですけどね」
隣に控えた少年に笑みが浮かぶ。
「君がそういってくれるなら本当に見つかるかも知れんな」
ふと、疲れを見せる。
いや、疲れないほうがおかしい。このところ神経を張り詰め、ほとんど寝ていない。若ければある程度は平気だろうが、歳を取ればそうはいかない。
この研究、もう何年になるだろうか。
研究を始めてからずいぶん月日が流れていた。
「もう3年ですか」
それでもまだ少ない。
少年は研究開始当初はいなかった。研究をし始めて、もう5年はたつはずだった。
「そうだな」
思いにふける。少年が始めて訪れた日。そして、すごした日々。この2人の3年は長かった。目に見えないものと戦う毎日。まだ形の見えない研究。見つからないパイロット。不安にさせる要素は大きい。
しかし、やり遂げなければならない。そうでなければ・・・
そこまで考えたとき、不意にサイレンが鳴り出した。
「何!どうした!」
「まさか・・・」
少年と顔を見合わせる。
最悪の予想が頭をよぎる。
「こんなときに。博士!」
「うむ。わかっておる」
急いでコントロールルームへ向かう。
最悪の予想が当たらないことを祈りながら。
「状況を!」
「はい!世界各国の主要都市に謎の飛行物体が接近しているようです」
最悪の報告だった。
「くそ!モニター、出せるか?」
「あと、5秒。4、3、2、1、出ます!」
表示されたのは、普段と変わらぬ町並みだった。
「・・・どういうことだ?」
「それが・・・」
所員が口ごもる。
「町への被害はゼロ!まったくありません」
信じられない報告だった。
「ただ、このときの混乱に乗じて、けが人が数名出ている様です」
所員たちはこの程度で済んだことを幸運と喜んだ。
しかし、博士と少年は素直に喜べなかった。この裏には何かあるように思えたのだ。
「目的は、何だ?」
「偵察、でしょうか?」
「それだけではなかろう。かならず他に何か目的があったはずだ」
後日の報告でかなりの数の行方不明者が出ていることが判明する。この事がどのように作用するか、今は知る余地もなかった。
そして、2年の月日が流れた。
タイトル通り発端となる話です。それ以上でもそれ以下でもない話。
大体、この話、主人公出てません。
だから、0章なんですがね。
1章は2年後、再び正体不明のものが強襲するところから話が始まります。
やっと主人公も登場、各キャラクターの紹介もあります。0章より長くなるのは必然。覚悟しといてください。