シュッツは悔しさを堪え、脱出艇の操縦管を握っていた。
もう脱出艇は大気圏に突入している。激しい振動が艇を襲っていた。
ふと、後方を確認する。操縦席から離れているためよくわからないがそこには気を失ったままのヨハンがいるはずだ。確認することができないのがもどかしいが、それも研究所にたどり着くまでの辛抱だ。
「聞こえますか、研究所」
先程から研究所と連絡を取るため発信を繰り返している。だが、ノイズがひどく、通信が届いているのかすら定かではない。
『シュッツか?!』
大気圏を抜けた直後だ。クリアな声が通信回路を震わす。
「博士っ!」
『そちらの機体はこちらで捕捉しておる。あとはこちらの誘導に従ってくれ』
「わかりました。あと、重傷の怪我人がいます。医者の手配を!」
『わかった』
シュッツは浦辺の迅速な手配に感謝しつつ、研究所の誘導に従い、敷地内にゆっくりと降り立った。
シュッツはヨハンを乗せたストレッチャーを押し、医務室へ急いでいた。そこに柳沢がいることは知っていたし、なにより、研究所内で真っ当に治療できるのは医務室だけだ。
「この人かいっ!?」
「はいっ!」
シュッツはヨハンを医務室に運び入れる。
「ひどいな……でも、出来る限りの事はやろう。シュッツ君、手伝ってくれ」
「わかりました!」
柳沢は早速治療を開始する。大量出血はもちろん、複数箇所の骨折、内蔵損傷。どれを取っても軽いものとは言えない。
「輸血しないとまずいね。彼は……A型か」
血液に指示薬を垂らし、血液型の確認をする。柳沢は輸血パックを取り出し輸血を開始した。
「もう……いい……」
くぐもってはいるが、それはヨハンの声だった。どうやら意識を取り戻したらしい。
「兄さん!」
「その声……ハルトか?」
「そうだよ、兄さん。ハルトだよ」
この名前で呼ばれるのは何年ぶりだろうか?すっかり忘れてしまった。
「これを……」
ヨハンは胸のポケットからメモリーカードを取り出す。
「私のやってきた事の全てだ……すまなかった……」
シュッツは涙ながらにそのメモリーカードを受け取った。その瞬間ヨハンの腕から力が抜ける。
「あ……あぁっ!」
「シュッツ君、どいてっ!」
柳沢は呆然とするシュッツを押しのけ、ヨハンに心肺蘇生術を施す。しかし、ヨハンは蘇生することはなかった。柳沢は残念そうに首を振る。
「兄さん……兄さぁぁんっ!」
シュッツの叫びが研究所内に響き渡った。
それから幾年の歳月が流れた。
あのメモリーカードに納められていたのはヨハンの日記だった。全ては『
そのせいか、シュッツは研究に没頭していた。その研究とは『
――忘れるものか。
シュッツは自分にいい聞かす。
アキラを見捨てたこと、そして兄を死なせたこと。全てが自分の責任ではなかったとしても、シュッツは自分を責めずにはいられなかった。だからこそ、こうして研究に没頭していた。
「少し、休んだ方がいいんじゃないですか?」
背後から聞き慣れた声がする。
「そうもいかないよ。少しでも早くこの研究を完成させなきゃ」
「でも、アキラさんなら私と同じこというと思いますよ?」
その言葉に弱かった。
「……わかった。休むよ、ヤヨイ」
「じゃ、一緒にご飯食べましょうね。私の愛しい旦那様」
そうしてシュッツは研究室を後にした。
――ヤヨイと結婚したといったらアキラは驚くだろうか?
ふと、そういうことを考えてしまう。驚くのに決まっているだろうが、会わないことには話にならない。
振り返ればもうずいぶんと長い年月が流れている。いつの間にやら2人の間には2人の子供ができていた。
だが、研究はなかなか先には進まなかった。機械化のメカニズムは勿論のこと、ヴィレの発生条件等、様々な現象が仮説の段階であるため決定的な方法が見つけられないでいた。ただ一つ幸いなことがあるとしたら、それは機械化してしまうと老化しないということだけだ。
時間だけは無限にある。シュッツは自分の子供達に後を次がせてでもアキラを救うつもりでいた。
そして、さらに歳月は流れた。
シュッツが研究を初めてから数十年。ようやく、機械化を無効化する方法が編み出された。
その技術をひっ下げ、因縁の地、月へ向かう。
レフォルムの本拠地だったそこはかつてと何ら変わりなかった。人類の宇宙進出も進み月への移住もあったが、この場所だけはずっと立入禁止となっていたためでもあるだろう。
その最深部。そこには、フェア・ヴァールが朽ちることなくあらゆるものと融合された姿で発見された。
シュッツは息を飲む。
あの場所にアキラがいると思うと年甲斐もなくだんだん緊張していくのだ。そして会わす顔がないような気もしてくる。
だが、会わす顔がないからといって作業を中断させるわけにはいかない。あくまでアキラを救うのがここまできた目的だからだ。
「
装置のセッティングができたのを見計らって次の指示を出す。
青い光を放つエネルギーフィールドが形成され、フェア・ヴァールを被う。少しずつ、融合していたものが解き放たれていく。フェア・ヴァール本来の姿へと戻る。
2機のシュヴェスタではなく、ナーエの姿だった。コクピットの場所はイヤというほど正確に覚えている。
シュッツは装置が停止したのを確認してから次の作業に移る。さすがに外壁をよじ登るのは無理があるので、コクピットまでの足場を作る。
ようやく足場が組上がり、コクピットへの道が開ける。
シュッツは当時の記憶を辿りながらコクピットハッチを強制的に開いた。
そこには、確かに、アキラの姿があった。
外からの光が眩しいのかアキラは顔をしかめている。
「アキラ……」
シュッツはアキラを目の前にし、なにも言えなくなってしまう。
「……シュッツか?」
シュッツは静かに頷いた。
「ありがとよ、助けに来てくれて」
「アキラぁっ!」
感無量。今のシュッツの状態を表すのに最も相応しい言葉だろう。その感情も合間ってアキラに飛び付いてしまう。
「おいおい、何だっていうんだ?」
長かった。本当に長かった。様々な感情が込み上げてくる。
「ああ、そうだ。先に言っておかなきゃな」
「なに?」
シュッツにはアキラがなにを言おうとしているのか検討がつかなかった。
「ただいま」
「っ!……おかえり」
シュッツの涙はとめどなくこぼれ落ちる。
ようやく再会できたのだ。
二度とこの手は放すまいとシュッツは誓った。
これで『フェアタイディゲン』は終了です。なんだか感慨深いものがありますね。何か、『終わっちゃった……』って感じが……
振り返ってみれば結構長い道のりでした。たしか、3年くらいかかっていたと思います。でも、最初から30話構成のつもりだったので、それを考えると時間がかかり過ぎのような気もするわけで。
このあと、アキラ達はどうなるの?
とか、後の話もつきません。アキラを助ける間にも事件があったりして、実のところシュッツ(ハルト君)は研究ばかり出来ていたわけではありません。
その話も後々書いてみたいものです。
まあ、自分勝手に自由気ままに書かせてもらったわけですが、正直最後まで書いてみて自分の設定の甘さが中盤辺りで出てしまいました。あえて言うならヤヨイちゃん登場の辺り。あそこは実に設定の甘さが浮き彫りになっています。実に情けない……
これで最後まで読んでくれたら感謝の極みですよ。読者様は神様です!
えーとね、書いてて思ったんですが、何か始めと比べて表現の仕方が変わってませんか?そんな事ない?上達してるならいいんですけどね。
それを考えると実はとっても始めから書き直したいのです。でも、これやったら莫大な時間が……と、言うより別の話になってしまう可能性が。なのでやめときます。
それでは長々と書きましたが、いままでありがとうございました。
これからは書きかけの長編を進めたり、新しいのを始めてみたりしていきたいと思います。
最後ですが、やはりこれで終わらさして下さい!
それでは、See You Agein?