それは、突然の出来事だった。
研究所内にあるアキラの部屋に、普段はあまり立ち寄らない研究所員が訪ねてきた。
「何のようですか?」
妙に警戒してしまう。
「アキラさんに来客です。」
「オレに、客?」
研究所員が居住区のアキラの部屋を訪ねてくるのも珍しかったが、アキラに来客がある方がもっと珍しい、いや、初めてだ。
「応接室で待ってもらっていますから。」
「はい、わかりました。」
そう返事をしたものの、誰が訪ねてきたのか検討もつかない。
何故なら、アキラが今この場所にいる事をアキラ自身誰にも教えていないからだ。
不思議に思いながらも応接室に向かう。
応接室にいたのは実に意外な人物だった。
「元気だったか?長谷川。」
「く、九鬼先生!?」
何故ここに九鬼がいるのかわからず、軽いパニックを起こしまう。
「そんなに驚くなよ。浦辺教授はオレの恩師だぞ?」
さらに驚いてしまう。
「九鬼君、そんなにアキラ君を困らせんでくれんか。」
浦辺が隣に見慣れない少女を連れて応接室に入ってくる。
「すみません、浦辺教授。」
頭が上がらないようだった。
「しかし、君がアキラ君の先生だったとはのぅ。」
どこか感慨深そうだ。
「何で九鬼先生がここにいるんですか!」
アキラはそれ所ではない。
なにが何だか、よくわからなくなっていた。
「教授から直々に頼まれたモノを持ってきたんだ。」
「私はモノじゃないです。」
浦辺の隣にいた少女が口を開く。
「博士、彼女は?」
アキラは気になっていた。
何故、浦辺が自分より若そうな少女を連れているのか。
答えになりそうなモノはなにもなかった。
「遅れました!」
シュッツが慌てて応接室に飛び込んでくる。
「シュッツも来たことだし、自己紹介してもらえるかのぅ。」
「はい。」
隣にいた少女が一歩前に出る。
「立花弥生、16歳です!」
元気よく挨拶をする。
アキラとシュッツはア然としてしまう。
年下といって侮っているわけではない。問題は何故この年齢の少女がいるのかだ。
「弥生君はこれでもエネルギー工学において独自の理論と実績を持っておってのぅ。この度(ジェネレータ)の改良に協力してもらうことになったんじゃ。」
それが少女がここにいる理由だった。
「仲良くしてくださいね。」
手を差し伸べる。
アキラはその手を取った。
「こちらこそ。」
心中は複雑だ。
学術論文を出しているということは、最低大学院生くらいの学力があるということだった。
アキラの感情を一言で表すなら、〈悔しい〉になるだろう。
年下の少女が自分より上回っている事が悔しいのだ。
その理由はアキラ自身の学歴にある。
「変に意地を張るなよ、長谷川。」
どうやらその感情、九鬼に見透かされたようだ。
「意地なんて張ってません。」
キッパリと言い切るが、内心ドキリとする。
動揺、とまではいかないが、心が揺れる。
「彼女は元々アメリカに住んでいてな、今回は呼び戻したって形になるんだ。」
「ふぅん。」
当たり障りのない受け答えだった。
「シュッツェン・フィルフェさんですね。」
少女はシュッツの方に向き直る。
「シュッツで構いませんよ。言い難いでしょ?」
フルネームの言い難さは自覚しているようだ。
「じゃあ、シュッツさん。仲良くしてくださいね。」
シュッツにも握手を求める。
シュッツはそれに快く応じた。
「わからないことがあったら聞いてくださいね。」
「はい。」
少女はコクリと頷いた。
「そうじゃ、アキラ君にシュッツ、この子を案内してやってくれんか?わしは九鬼君と話があるんでな。」
「あ、はい。わかりました。」
二人だけで話がしたいのだろう。
それを悟った二人は、少女を連れて研究所内を回る事にした。
応接室を出て三人はすぐに立ち止まった。
「案内って、どこを案内すればいいんだ?」
「全部、でしょ。」
「マジでか・・・」
アキラがゲンナリするのも無理はない。研究所はめっぽう広い。
「近い所から行こうか。」
応接室から一番近いのは研究セクション。
二人はそこに少女を案内する。
「ここが研究セクション。フェアの動力源である
シュッツが至極簡単に施設の説明をする。
「へぇ・・・」
「君が感心してどうするんだよ、アキラ。」
「だって、研究セクションなんて滅多に来ないし。」
シュッツは妙に納得してしまう。
考えてみると、確かにアキラが研究セクションに来る用はあまりない。
だといって、研究内容をまったく知らないのも問題があるように思う。
「言われる前に言っとくけど、開発セクションの設備はほとんど把握してるからな。」
開発セクションは、直接フェアに関係する。
だからこそ、アキラが内容を把握していた。
「じゃあ、研究セクションをシュッツさん、開発セクションを長谷川さんが案内するっていうのはどうですか?」
「そうするか?」
「そうしようか。」
適材適所。
実はシュッツは開発セクションについてアキラほどは詳しくない。
だから、この提案は有り難かった。
「ああ、それとオレの事はアキラでいいから。」
苗字で呼ばれるのには少し抵抗があるらしい。
理由はある。
しかし、その理由を他人に話すことはなかった。
「あ、はい。」
「オレもヤヨイって呼ぶけど、いいな?」
「呼び付けにするんですかぁ?」
馴れ馴れしくするな、とかいう事ではない。
ただ、少しばかり刺々しさを無くして欲しいようだった。
「じゃあ、ヤヨイちゃん・・・」
何とか、アキラなりに刺を無くしたようだ。しかし、どことなくぎこちない。
「はい!」
それで充分のようだった。
「じゃあ、僕も便乗しようか。ヤヨイちゃん。」
「シュッツさんはヤヨイでもいいです!」
「何でオレはダメなんだよ。」
区別されるのが気になるらしい。
「アキラさん、恐いんです・・・」
アキラはハンマーで殴られたくらいのショックを受けた。
「・・・オレって、恐いの?」
自覚は全くない。
「最初会った時は手負いの獣かと思ったよ。」
もちろん、冗談である。
しかし、今のアキラなら本気にしかねない。
「シュッツぅ・・・」
何かを訴えかけるような目でシュッツを見てくる。
「冗談だよ、冗談。でも、ヤヨイちゃんが恐いっていうのわかるかもしれないな。」
実際、殺気立ったアキラの前に立てと言われたら、シュッツは一目散に逃げるだろう。
「本当ですか!?」
「だって、アキラは格闘技やってるでしょ。」
「まあな。」
「だから、手を出したら痛い目に遭うぞって感じのオーラを放ってるんだよ。」
「・・・そうなのか?」
自覚がないのにもほどがある。
「僕から見ればそんな感じ。」
アキラは少し切なくなる。
シュッツの言葉は、アキラ自身が思っていたよりアキラの警戒心が強い証明だ。
しかし、この警戒心の強さの根は深い。
その事は、アキラ自身自覚していた。
「取って食おうっていう気は全くないからな、ヤヨイちゃん。」
「それは何となくわかります。」
それくらいの分別がつく人だと感じたのだろう。
それでも、ヤヨイにとってアキラは、やっぱり何だか恐い存在のようだった。
その恐怖心が和らぐのは、もう少し後の事である。
小一時間くらい経っただろうか。
「次は開発セクションだな。」
研究セクションを一通り見終わり、次のセクションに移動する。
「フェアタイディゲン、知ってるか?」
「知ってますよ!お二人が操縦してる人型機動兵器の事ですよね。報告書に書いてありました。」
「なら話は早いな。ここではフェアの整備や武装の開発なんかを担当してる。」
開発セクションには大きな格納庫がある。
そこに、アインとツヴァイの2機の戦闘機が格納されていた。
「あの2機が合体してフェアになるんだ。」
戦闘機の間近まで案内する。
「これが人類の希望・・・」
マジマジと見つめてしまう。
「そんな大袈裟なモノじゃない。
今なら他の国でも大型機動兵器の開発が進んでいるからな。
もうすぐフェアだけじゃなくなるさ。」
その開発が進んでいるのも、フェアが一手にUMを引き受けているからなのだが、アキラはそれに気付いていない。
「黒い方がアインで、白い方がツヴァイですよね。」
「ああ。2機あわせて『シュヴェスタ』って呼ぶ時もあるけどな。」
「そうだった?」
滅多にこの呼び方をしないせいか、記憶が曖昧になっているようだ。
「お前な・・・」
忘れるな、と釘を刺したくなる。
しかし、思い止まる。
研究セクションを回っている最中はアキラが今のシュッツの状態だったからだ。
「で、何か聞きたい事ある?」
「ないです。」
「じゃあ、別の場所に行こうか。」
格納庫にこれ以上いても、迷惑になる。
その後は施設を転々とする事になった。
広い上に複雑なおかげで、移動するにも苦労する。
「これで開発セクションは全部か。」
開発セクションを回り始めて2時間ちょっと。
ようやく全てを見終えた。
「最後は、居住区だけど・・・」
研究所の2つのセクションを回ること約3時間。
すっかり精魂尽き果てていた。
「案内なくても大丈夫だよな。」
居住区にあるのは、アキラやシュッツの部屋と食堂などの食と住に関係あるものだけだった。
「うーん、多分大丈夫だと思います。これからここで暮らすことになるし、お二人の部屋を教えてもらえれば。」
「ここで暮らすって!?」
予想外の事だった。
「はい、よろしくお願いします!先輩方。」
アキラとシュッツは顔を見合わせる。
驚異の新人誕生の瞬間だった。
ヤヨイちゃんの登場です。
ついつい脅威の新人だと書いてしまいましたが、結構まっとうな性格をしているんですよ。
天才と称される人なんですがそんなにひねくれてはいません。
どっちかというと純粋で、人に尽くしたいタイプ。
私はこういう友達ほしいかもしれない・・・。
とまあ、ヤヨイちゃんについてはこれくらいに置いておいて、劇中補足です。
アキラの学歴についてです。
20歳当時に大学3年生だったという事だけ言っておきましょう。
どういうことなのか、ちょっと考えてみてくださいね。
ヒントは日本で最近行われている飛び級制度です。(あ、答えだ・・・)
では、次回です。
浦辺達はある作戦を立てる。
それは、メンシュのパイロットの捕獲作戦だった。
という感じです。
それでは、See You Agein?