浦辺は急いでいた。
早く演算ユニットの全ての解析を終わらさなくては、またレフォルムに先手を獲られてしまう。サハラ砂漠基地の攻略から1週間。浦辺の戦いは続いている。
「ダメです!レベル5に阻まれました!」
「続けて侵入を試みるんじゃ!」
「システムパターンを変更して侵入を続行します!」
研究施設では連日このような格闘が繰り返されている。
今、研究所では、攻略した全ての基地から回収された演算ユニットの解析を進めていた。しかし、そのブロックは強固でなかなか崩すことができない。
だが、浦辺は確信していた。このブロックを崩すことができれば、レフォルムの本拠地が判明することを。その所在がわかれば決定的な打撃をレフォルムに対して与えることができる。
そうすればアキラとシュッツの出撃回数にメドが立つ。もう、2人を出撃させる心苦しさに苛まされることもなくなる。浦辺は早々にケリをつけたかった。
しかし、レフォルムが設けていたシステムのブロックは思いの外強固だった。おかげでこの作業に1ヶ月以上の時間を割いている。
演算ユニットは現在のものより洗練されたものになっているだけで、接続自体に難しいところはなかった。だが、プロテクトは格段に上であり、保安システムを崩すにはかなりの時間と労力が必要となった。今崩そうとしている保安システムが最後にして最大の壁になっていた。
時代が違うとはいえ、同じ人間が作ったものだ。解析できないはずがない。浦辺はそう踏んでいた。現に今までUMの解析は行ってきたし、その成果は目を見張るものがある。だからこそ、最後の保安システムレベル5を崩せると考えていた。
「だめです!弾かれました!」
しかし、浦辺の耳に届く報告は決していいものではない。
「もう一度じゃ!諦めるんじゃない!」
「はい!」
オペレーターは負けじと最後の壁に挑む。
浦辺は深々と近くにあった椅子に腰掛けた。疲労感がどっと沸き上がってくる。ここしばらくゆっくりと休んでいないためだろう。それでも、休んではいられない。この解析が終わるまでは休む訳にもいかない。
ちらりと時間を確認する。午後7時を少し回ったところだ。この調子では今日中に本格的なレベル5の解析ができるようになるのは無理としか考えられない。だが、それでも解析を続けなくてはならない。
浦辺は再び立ち上がる。
「システムΣも立ち上げ。3パターン同時にシステムを走らせるんじゃ」
「わかりました!」
壁一面に設けられているモニターに次々と新しいウインドが開いていくのが表示される。
「どーも、差し入れです」
張り詰めた空気の中に、間の抜けた声が紛れ込む。声の主はアキラだ。
「わざわざすまんの、アキラ君」
浦辺は直々にアキラを出迎える。
「いえ、このくらい当然ですよ」
おにぎりが山の様に積まれたカートを押しながらアキラは部屋の中央に向かっていた。
浦辺もそこへ向かう。
「どうです?解析の方は?」
「まだまだ終わらんよ」
「お手伝いできることがあれば何でも言ってください」
「すまんな、気を使わしてばかりで」
浦辺は思わずうなだれてしまう。アキラ達には余計な気をかけないようにするつもりだったので、余計にだ。
「博士も俺等に気を使わないで下さい。じっとしてるのも性に合わないし、使ってくれた方が気が楽です」
「しかしのぅ」
「博士!」
浦辺の目にもアキラが自分達を頼って欲しいといっているのがよくわかる。だが、おいそれとはいはいと言えない理由も浦辺は抱えていた。
それは、1ヶ月前から続いていた遠征だ。
アキラとシュッツに疲労が残っていないというのは間違いなく嘘になる。主要な基地を潰していっていたとはいえ、通常の出撃も何度かあったのだ。疲れていない訳がない。
浦辺はそれを知っていたからこそ、アキラ達を手伝わさせようとはしなかった。
「解析できればすぐに出撃じゃ。それまで待っていてくれんか?」
アキラを休ますための浦辺の小さな嘘だった。実際には解析のメドは立っていない。
「わかりました。博士がそういうなら待ちます」
突然、アキラの身体が崩れ落ちる。カートに寄り掛かるような形になっていた。
「大丈夫かね!!」
浦辺は慌ててアキラの元へ駆け寄る。アキラは顔面蒼白、息も絶え絶えといった感じだった。
「大丈夫です」
アキラはそういうが、浦辺からはどう見ても大丈夫ではなさそうだ。浦辺はゆっくりとアキラの身を起こし、研究員の1人が持ってきた椅子に座らせる。
「すみません……」
「なに、気にすることじゃない。じゃが、どうしたんじゃね?」
「俺にもわかりません」
アキラは首を横に振る。多分アキラの言っていることは正しい。浦辺はそう判断した。
「わしには病気のことはわかりかねるのでな、柳沢君に診てもらったらどうじゃ?」
「いや、その……」
「どうしたんじゃ?」
「柳沢先生にはさっき会ったんで……」
診てもらった後。ということのようだ。
「異常はないんじゃな?」
「まあ、一応」
妙に言葉を濁すのが気にかかる。だが、状況は浦辺にアキラを問いただす時間を与えなかった。
「博士!レベル5、崩れていきます!」
あまりにも突然の出来事だった。研究員達も戸惑っている。
「な、なんじゃと!」
「ファイルロード完了まであと50%、40%、30、20、10、完了しました」
モニターに大量のファイルが展開される。
「よ、よし。レベル5の接続キーと本拠地に関するデータを探すんじゃ!」
「わかりました!」
研究員達の声も心なしか高揚して聞こえる。浦辺もモニターを食い入るように見つめている。
演算ユニットの解析はいよいよ大詰めを迎えていた。
「アキラ君?」
ブロックの解除が流れに乗ったころ、浦辺はアキラが座っていた場所に注意を向ける。だが、そこにアキラの姿は既になかった。浦辺の気付かぬうちに立ち去ってしまったようだ。
浦辺は少しがっかりするが、先程の事態を考えるとアキラがここを立ち去ったのは当然のことの様にも思えてくる。
しかし、一体アキラに何が起こったのか、浦辺には全く見当がつかない。たとえ、アキラに聞いたところでまともな答えが返ってくるとも思えなかった。自身に関することにはアキラのガードは硬い。
今浦辺にできることといえば、早く演算ユニットの解析を済ませることだけだ。
「何かわかったことはあるか?」
浦辺は研究員一人一人に声を掛けていく。
「転送装置の座標のようなデータを見つけました」
研究員の一人が鮮やかな手つきで大型ディスプレイにデータを表示させる。
「これは……」
どうやら3次元空間座標のようだ。これから考えられるのは地球上にレフォルムの本拠地は存在しないことだ。もし、地球上にあるのならば2次元座標で充分だからだ。
「宇宙か」
「と思われます。指し示す座標に何かないか調べます」
「よろしく頼む」
「はい」
研究員達は一斉にこのデータの解析に取り掛かる。全員で取り掛かれば早々時間はかからないはずだ。
現在午後9時を回ったところだった。
日付が変わる頃には解析も終わっているだろうと、浦辺はふんでいた。
そして、その予想通り、解析は日付が変わった頃に終了した。
「月だと?」
解析の結果、転送データが指し示していた3次元座標は月の軌道を浮かび上がらせた。そして、時系列を確認するとその座標に必ず月があった。
間違いなかった。
レフォルムの基地は月にある。
その事実は浦辺を急かす。
「よし!これが我々の最終決戦になるじゃろう。時間はない。急いで宇宙へ出る準備を進めるんじゃ!」
「はい!」
研究施設はにわかにざわめきだす。どうやら一部の研究員が開発セクションに連絡を取り始めたようだ。宇宙へ飛び立つ準備が慌ただしく進められていく。
その日の夕方。
準備は滞りなく完了した。フェアは元々宇宙に進出するために設計されていたため、機体自体にたいした手は加えられていない。代わりにシュヴェスタにバックパックとして巨大なブースターが取り付けられていた。
「月へ?」
「そうじゃ」
浦辺はアキラとシュッツの2人を指令室に呼び出していた。
「とんでもないところに基地を作ってるな」
「道理で地上にそれといった基地がなかったんだ」
「わし等の予想ではそこが本拠地のはずなんじゃ。ここさえ攻め落とせば……」
「戦いは終わるんですね、浦辺博士」
浦辺は頷いた。
「なら、すぐにでも!」
浦辺には、アキラが焦っているように見えた。どうしてなのか、浦辺には察することができなかった。
「待て、アキラ君。準備は大体は整っておるんじゃ。あとは時間を待つだけじゃ」
まだ空に月は見えない。夜、月が見えるようになればそれが出撃の時間だ。
「これが最後だ……」
アキラがそう呟いたのを浦辺は聞き取っていた。
そして、夜。
空に浮かぶ月は見事な満月だった。
浦辺は指令室から格納庫の様子をうかがっていた。アキラの様子が気にかかる。昨日突然倒れたばかりだ。体調はとてもじゃないが万全とは言い難いだろう。
「準備はいいかね?」
浦辺はマイク越しにアキラとシュッツに尋ねる。
『大丈夫です』
『いつでも』
2人の準備はすっかり整っているようだ。あとは浦辺がGOサインを出すだけだった。
「2人とも、これが最後じゃ。必ず生きて返って来るんじゃぞ」
『了解!』
2人の声が同時に響く。
それはシュヴェスタが飛び立ったのと同時だった。
「ダメだ、アキラ君!」
指令室に柳沢が飛び込んできたのだ。
「どうしたんじゃね、柳沢君?」
柳沢は必死の形相で浦辺の声が聞こえている様子もない。ただ、アインに直通するマイクの前に突進してきた。
「君の身体はもう持たない!もう限界なんだ!」
浦辺はア然となってしまう。しかし、アキラからの返事はない。
「……死にたくないのは嘘なのか?!」
柳沢の呼びかけはなおも続く。
『……嘘じゃない。でも、これが最後なんだ。そのためなら、この命捨ててもいい』
アキラの悲壮な決意が浦辺にも伝わってくる。
月はただ輝いていた。
遂にレフォルムの本拠地の場所が判明致しました!
皆様にとっては意外な場所だったでしょうか?それとなく場所を匂わす発言は全編に渡りして来たつもりなのでわかっていた人もいるかも知れませんね。
それにしても、今回の書き方はいかがだったでしょうか?浦辺博士をメインにしたつもりだったんですが、なってましたか?不安……
次回予告です。
月に向かったアキラとシュッツを迎え受けたのはUMの大群だった。
2人はUMをけちらしながら月面へ、そして、レフォルムの本拠地へと向かおうとする。
だが、そこにはツェアシュの手足であるマハトとヴィッセンが待ち受けていたのだった。
悪い言い方をすれば中ボス2連戦です。
正直あとは戦うだけという状況なので、少々ムチャな技を使わせたりする予定です。
もう本当に大詰めです。あと少しでフェアが終わってしまうと考えると少し物悲しくも思います……
それでは、See You Agein?